人文科学分野では、西洋・東洋の思想家と文学・芸術の基礎知識が問われる。まずギリシア哲学では、ソクラテスが「無知の知(不知の自覚)」を説き、自分が知らないと自覚することこそ真の知への出発点とした。プラトンは感覚を超えた真の実在としての「イデア論」を唱え、アテネ郊外に学園アカデメイア(前387年頃創設)を開いて『国家(ポリテイア)』を著した。弟子アリストテレスは徳を過超と不足を避けた「中庸(メソテース)」に求め、『ニコマコス倫理学』を著し学園リュケイオンを開いた。
西洋近代思想では、デカルトが方法的懐疑の末に「われ思う、ゆえにわれあり(コギト)」へ到達し『方法序説』(1637年)を刊行、フランシス・ベーコンは経験論の祖として「知は力なり」と述べ偏見を種族・洞窟・市場・劇場の四つの「イドラ」に分類した。社会契約説のルソーは『社会契約論』(1762年)で「一般意志」に基づく人民主権を主張しフランス革命に影響を与えた。カントは『純粋理性批判』(初版1781年)で批判哲学を確立し「定言命法」を説き、ヘーゲルは弁証法(正・反・合)で絶対精神の自己展開を論じてドイツ観念論を大成、『精神現象学』(1807年)を残した。現代思想へ連なるニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』で「神は死んだ」と宣言し、ニヒリズムを克服する「超人」を掲げた。
東洋思想(諸子百家)では、以下の対比が頻出する。
日本文学では、現存最古の和歌集『万葉集』(約4500首、奈良末期成立)、紫式部の『源氏物語』(11世紀初頭、世界最古級の長編小説)、江戸前期の松尾芭蕉が紀行『おくのほそ道』を著し蕉風俳諧(さび・しおり・かるみ)を確立したことを押さえておきたい。
1. デカルトが方法的懐疑の末に到達した、疑いえない哲学の第一原理を表す言葉として正しいものはどれか。
デカルトはあらゆるものを疑った末、疑っている自分の存在だけは疑えないとして「われ思う、ゆえにわれあり(コギト・エルゴ・スム)」を哲学の第一原理とした。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「デカルト」)
2. デカルトが方法的懐疑と「われ思う、ゆえにわれあり」の原理を示した1637年刊行の著作はどれか。
デカルトは1637年刊行の『方法序説』で、真理探究のための方法的懐疑とコギトの原理を示した。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「デカルト」)
3. フランシス・ベーコンが正しい認識を妨げる偏見として分類した「イドラ」に含まれないものはどれか。
ベーコンは著書『ノヴム・オルガヌム』で種族・洞窟・市場・劇場の4種のイドラ(偏見)を挙げており、「国家のイドラ」という分類は存在しない。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『岩波 哲学・思想事典』「イドラ」)
4. 「知は力なり」と述べ、経験と観察に基づく帰納法を重視してイギリス経験論の基礎を築いた思想家は誰か。
フランシス・ベーコンは「知は力なり」と述べ、実験と観察から一般法則を導く帰納法を重視し、イギリス経験論の祖とされる。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『岩波 哲学・思想事典』「イドラ」)
5. トマス・ホッブズが著書『リヴァイアサン』で述べた、社会契約が結ばれる前の自然状態を表す言葉として正しいものはどれか。
ホッブズは、社会契約以前の自然状態では各人が自己保存のために争う「万人の万人に対する闘争」に陥るとし、これを避けるため主権者に自然権を譲渡する社会契約を説いた。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ホッブズ」)
6. ジョン・ロックが『統治二論(市民政府二論)』で主張した内容として最も適切なものはどれか。
ロックは生命・自由・財産という自然権を政府が侵害した場合、人民には政府に抵抗し変革する権利(抵抗権・革命権)があると説いた。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ロック」)
7. ルソーが著書『社会契約論』の中で、私益を超えて公共の利益をめざす意志として提示した概念はどれか。
ルソーは1762年刊行の『社会契約論』で、個々人の私的利益を超えた公共の利益をめざす意志を「一般意志」と呼び、これに基づく人民主権を主張した。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ルソー」)
8. ルソーの人民主権論・社会契約説は、後の歴史的出来事に大きな影響を与えたとされる。その出来事として正しいものはどれか。
ルソーの人民主権論・社会契約説は18世紀末のフランス革命の思想的支柱の一つとなった。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ルソー」)
9. 『法の精神』を著し、権力の濫用を防ぐために立法権・執行権(行政権)・司法権を分離する三権分立を主張した思想家は誰か。
モンテスキューは1748年刊行の『法の精神』で、権力集中による専制を防ぐための三権分立を説き、近代の権力分立制の理論的基礎を築いた。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「モンテスキュー」)
10. カントが道徳法則として説いた、結果や条件に左右されず無条件に「〜せよ」と命じる命令を何というか。
カントは、結果や条件に左右されず無条件に「〜せよ」と命じる道徳法則を「定言命法(定言命令)」と呼んだ。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「カント」)
11. ヘーゲルが説いた、正(テーゼ)と反(アンチテーゼ)の対立を統合し、より高次の合(ジンテーゼ)へと至る思考・展開の方法を何というか。
ヘーゲルは、対立する二つの契機(正と反)が統合され、より高次の段階(合)へと発展していく論理を「弁証法」と呼び、絶対精神の自己展開を説いた。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「ヘーゲル」)
12. ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』で「神は死んだ」と宣言した後、ニヒリズムを乗り越えて自ら新たな価値を創造する存在として掲げた理想像はどれか。
ニーチェは、既存の価値の崩壊(ニヒリズム)を積極的に引き受け、自らの意志で新たな価値を創造していく理想的人間像を「超人(Übermensch)」と呼んだ。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ニーチェ」)
13. 現存する日本最古の和歌集とされ、天皇から庶民(防人・農民など)まで幅広い身分の作者の歌を収めるものはどれか。
『万葉集』は奈良時代末頃に成立したとされる現存最古の和歌集で、天皇から庶民まで幅広い作者の歌、約4500首を収める。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「万葉集」)
14. 醍醐天皇の命により紀貫之らが編纂した、最初の勅撰和歌集はどれか。
『古今和歌集』は醍醐天皇の命により紀貫之らが編纂した最初の勅撰和歌集で、平安時代前期(905年頃)に成立した。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「古今和歌集」)
15. 平安時代中期に紫式部によって書かれ、光源氏を主人公とする、世界最古級の長編小説とされる作品はどれか。
紫式部の『源氏物語』は11世紀初頭に成立した長編物語で、光源氏らを主人公とし、世界最古級の長編小説とされる。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『ブリタニカ国際大百科事典』「源氏物語」)
16. 「春はあけぼの」の書き出しで知られ、清少納言によって著された随筆はどれか。
『枕草子』は平安時代中期に清少納言が著した随筆で、「春はあけぼの」の書き出しで知られる。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「枕草子」)
17. 鎌倉時代に鴨長明が著し、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という書き出しで無常観を表した随筆はどれか。
『方丈記』は鴨長明が鎌倉時代前期に著した随筆で、冒頭の「ゆく河の流れ」の一節で無常観を表現したことで知られる。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「方丈記」)
18. 江戸時代前期の俳人で、奥羽・北陸を旅した紀行文『おくのほそ道』を著し、蕉風俳諧を確立したのは誰か。
松尾芭蕉は『おくのほそ道(奥の細道)』を著し、「さび」「しおり」「かるみ」を特徴とする蕉風俳諧を確立した江戸前期の俳人である。 (高等学校「国語(古典)」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「松尾芭蕉」)
19. 話し言葉に近い文体(言文一致体)で書かれた近代小説の先駆けとされる『浮雲』の作者は誰か。
二葉亭四迷は、言文一致体で書かれた近代小説の先駆けとされる『浮雲』を著した明治期の作家である。 (高等学校「国語」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「二葉亭四迷」)
20. 『吾輩は猫である』『こころ』などの作品で知られる明治・大正期の代表的小説家は誰か。
夏目漱石は『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』などを著した明治・大正期を代表する小説家である。 (高等学校「国語」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「夏目漱石」)
21. ドイツ留学の経験をもとにした『舞姫』や、晩年の『高瀬舟』などの作品で知られる小説家・軍医は誰か。
森鴎外は軍医としてドイツに留学した経験を反映した『舞姫』や、晩年の『高瀬舟』などを著した明治期の代表的作家である。 (高等学校「国語」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「森鴎外」)
22. 『雪国』などの作品で知られ、日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した作家は誰か。
川端康成は『雪国』『伊豆の踊子』などの作品で知られ、1968年に日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した。 (ノーベル財団公式資料/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「川端康成」)
23. 『羅生門』『鼻』などの短編で知られ、その名を冠した文学賞が新人作家に贈られている作家は誰か。
芥川龍之介は『羅生門』『鼻』などの短編小説で知られ、その名を冠した芥川賞は新人作家に贈られる代表的な文学賞となっている。 (高等学校「国語」教科書/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「芥川龍之介」)
24. ソクラテスが説いた、自らが知らないという自覚こそが真の知恵への出発点であるとする考え方を何というか。
ソクラテスは自分が知らないことを自覚することこそ真の知への第一歩であるとする「無知の知」を説いた。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ソクラテス」)
25. 感覚を超えた真の実在であるイデアを説き、アテネ郊外に学園アカデメイアを創設した哲学者は誰か。
プラトンはイデア論を唱え、前387年頃アテネ郊外にアカデメイアを創設した。主著に『国家』がある。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』「プラトン」)
26. アリストテレスが主著『ニコマコス倫理学』の中で、倫理的徳のあり方として説いた、過剰と不足の両極端を避ける考え方を何というか。
アリストテレスは徳を過剰と不足の両極端を避けた「中庸(メソテース)」に求め、『ニコマコス倫理学』で論じた。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「アリストテレス」)
27. プラトンが創設した学園「アカデメイア」に対し、その弟子であるアリストテレスがアテネに開いた学園の名称として正しいものはどれか。
アリストテレスはアテネにリュケイオンという学園を開き、逍遥学派とも呼ばれる学派を形成した。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「アリストテレス」)
28. 「万物の根源(アルケー)は水である」と説き、最初の自然哲学者とされる古代ギリシアの哲学者は誰か。
ミレトス学派のタレスは、万物の根源(アルケー)を水であるとし、自然哲学の祖とされる。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「タレス」)
29. 「万物は流転する(パンタ・レイ)」という言葉で知られ、火を万物の根源としたとされる古代ギリシアの自然哲学者は誰か。
ヘラクレイトスは「万物は流転する(パンタ・レイ)」と説き、対立するものの調和や生成変化を重視した。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ヘラクレイトス」)
30. これ以上分割できない究極の物質的要素「アトム(原子)」の運動と結合によって万物が構成されるとする原子論を唱えた古代ギリシアの哲学者は誰か。
デモクリトスは万物が不可分の原子(アトム)とその運動から成るとする唯物論的な原子論を唱えた。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「デモクリトス」)
31. 「あるものはある、あらぬものはあらぬ」とし、真に存在するものは生成・消滅・変化しない単一で不変のものであると説き、感覚による変化の認識を否定した古代ギリシアの哲学者は誰か。
エレア学派のパルメニデスは、存在は不生不滅・不変・単一であるとし、万物流転を説くヘラクレイトスと対照的な立場をとった。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『岩波 哲学・思想事典』「パルメニデス」)
32. 「人間は万物の尺度である」と述べ、物事の真偽や善悪は各人の感覚・判断によって異なるとする相対主義を説いた代表的なソフィストは誰か。
ソフィストの代表格プロタゴラスは「人間は万物の尺度である」と述べ、普遍的真理を否定する相対主義の立場をとった。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「プロタゴラス」)
33. ソクラテスが相手との対話を通じて、相手自身に無知を自覚させ、真の知に導こうとした方法は一般に何と呼ばれるか。
ソクラテスは対話を重ねて相手に無知を自覚させ真の知に至らせる方法をとり、母が助産師であったことから「産婆術」とも呼ばれる。 (高等学校「倫理」教科書(東京書籍ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ソクラテス」)
34. ヘレニズム期の哲学のうち、精神的快楽を重視し、心の乱れのない平静な状態「アタラクシア」を理想としたエピクロス派に対し、欲望や感情に動かされない「アパテイア(不動心)」を理想とした学派はどれか。
ゼノンを祖とするストア派は理性に従い欲望・感情を克服した不動心(アパテイア)を理想とし、快楽主義のエピクロス派と対比される。 (高等学校「倫理」教科書(実教出版ほか)/『岩波 哲学・思想事典』「ストア派」)
35. 古代アテネで「国家の神々を信じず、青年を堕落させた」として告発され、裁判の結果、毒杯をあおいで刑死した哲学者は誰か。
ソクラテスは前399年、不敬神と青年を堕落させた罪で告発され、アテネの裁判で死刑判決を受け、毒杯をあおいで刑死した。 (高等学校「倫理」教科書(山川出版社ほか)/『ブリタニカ国際大百科事典』「ソクラテス」)