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世界史 通史整理

古代では、東で秦王政(始皇帝)が紀元前221年に中国を統一して初めて皇帝を称し、西では地中海世界を統一したローマ帝国が、395年のテオドシウス帝の死により東西に分裂した。7世紀にはムハンマドが622年にメッカからメディナへ移住(ヒジュラ=聖遷)し、この年がイスラム暦(ヒジュラ暦)の紀元元年とされる。

中世ヨーロッパは封建社会とローマ教会を支柱とした。教皇ウルバヌス2世によるクレルモン宗教会議(1095年)を受け、1096年に第1回十字軍が始まった。1215年にはイングランド王ジョンが貴族に強制されてマグナ=カルタ(大憲章)を承認し、王権を法で制限する先例となった。

近世は「ルネサンス・宗教改革・大航海時代」が連動する。1492年にコロンブスがスペイン女王イサベルの援助で大西洋を横断し西インド諸島に到達、1498年にはヴァスコ=ダ=ガマが喜望峰を回りインドのカリカットに達した。1517年、ルターがヴィッテンベルクで九十五カ条の論題を発表して宗教改革が始まる。宗教対立の末、三十年戦争を終えた1648年のウェストファリア条約が主権国家体制の起点となった。

市民革命では次の年代が頻出である。

ナポレオン戦争後、オーストリア外相メッテルニヒ主導のウィーン会議(1814〜1815年)が保守的な国際秩序(ウィーン体制)を築いた。産業革命を背景に列強はアジアへ進出し、アヘン戦争を終える1842年の南京条約で清はイギリスに香港島を割譲した。東アジアでは1911年の辛亥革命を受けて1912年に中華民国が成立し、孫文が臨時大総統に就任した。

20世紀は二つの世界大戦が画期となる。1914年6月28日のサラエボ事件(オーストリア帝位継承者夫妻暗殺)を直接の契機として第一次世界大戦(1914〜1918年)が勃発した。第二次世界大戦後は、アメリカとソ連の両陣営が対立する冷戦体制へと移行し、戦後の国際秩序が形づくられた。

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例題 (35)

1. メソポタミア文明で発達し、粘土板に刻まれた文字体系はどれか。

  1. 楔形文字
  2. 甲骨文字
  3. ヒエログリフ(神聖文字)
  4. アルファベット文字

メソポタミアのシュメール人は粘土板に葦の茎などで刻んだ楔形文字を発明し、後にアッカド語などの表記にも用いられた。 (山川出版社『詳説世界史B』(メソポタミア文明))

2. 古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが「○○の賜物」と表現した、ナイル川の定期的な氾濫による肥沃な土壌に支えられた文明はどれか。

  1. インダス文明
  2. エジプト文明
  3. メソポタミア文明
  4. 黄河文明

ヘロドトスは著書『歴史』の中でエジプトを「ナイルの賜物」と呼び、ナイル川の氾濫がもたらす肥沃な土壌が古代エジプト文明の基盤となったことを表現した。 (山川出版社『詳説世界史B』(古代オリエント・エジプト文明))

3. バビロン第一王朝の王が制定し、「目には目を、歯には歯を」という同害復讐の原則で知られる法典はどれか。

  1. 十二表法
  2. ウル=ナンム法典
  3. ハンムラビ法典
  4. マヌ法典

バビロン第一王朝のハンムラビ王が制定した法典は同害復讐を原則としつつ、身分によって刑罰に差を設けたことが特徴である。 (山川出版社『世界史用語集』(ハンムラビ法典))

4. インダス文明の代表的な都市遺跡で、格子状の道路網や排水施設などの高度な都市計画を備えていたことで知られるのはどれか。

  1. 殷墟
  2. ウル
  3. クノッソス
  4. モヘンジョダロ

インダス川流域で発見されたモヘンジョダロは、格子状の道路網や公共浴場、排水施設を備えた計画都市であった。 (山川出版社『詳説世界史B』(インダス文明))

5. 中国の殷(商)王朝で占いの記録として用いられ、漢字の起源の一つとされる文字はどれか。

  1. 甲骨文字
  2. 楔形文字
  3. 篆書
  4. 金文

殷代には亀甲や獣骨に占いの内容や結果を刻んだ甲骨文字が用いられ、これが漢字の起源の一つとされる。 (山川出版社『詳説世界史B』(殷・甲骨文字))

6. 中国で初めて全土を統一し、みずから「皇帝」の称号を用いた秦王政(始皇帝)が統一を達成した年はいつか。

  1. 紀元前206年
  2. 紀元前221年
  3. 紀元前141年
  4. 紀元前91年

秦王政は紀元前221年に中国を統一し、みずからを「皇帝」と称して始皇帝となった。 (山川出版社『詳説世界史B』(秦の統一))

7. アテネで血統ではなく財産の多寡によって参政権を定める改革(財産政治)を行い、債務奴隷の禁止などを行った人物は誰か。

  1. クレイステネス
  2. ペイシストラトス
  3. ソロン
  4. ペリクレス

ソロンは前6世紀初め、財産額に応じて市民を4等級に分け参政権を配分する財産政治を導入し、債務奴隷を禁止する改革を行った。 (山川出版社『詳説世界史B』(ソロンの改革))

8. 僭主の出現を防ぐため、僭主になる恐れのある人物の名を陶片(オストラコン)に記して投票し、市外追放する制度を導入したアテネの政治家は誰か。

  1. ソロン
  2. テミストクレス
  3. ドラコン
  4. クレイステネス

クレイステネスは部族制を再編するとともに、僭主の出現を防止するための陶片追放(オストラシズム)の制度を創設した。 (山川出版社『世界史用語集』(クレイステネスの改革))

9. ペルシア戦争において、アテネの重装歩兵軍がペルシア軍を撃退し、この勝利を伝えた故事が近代マラソン競技の由来とされる戦いはどれか。

  1. マラトンの戦い
  2. サラミスの海戦
  3. プラタイアの戦い
  4. テルモピレーの戦い

前490年のマラトンの戦いでアテネ軍はペルシア軍を撃退し、この勝利を伝えた故事が近代オリンピックのマラソン競技の由来とされる。 (山川出版社『詳説世界史B』(ペルシア戦争))

10. アテネを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟との間で戦われ、ギリシアの都市国家の衰退を招いた戦争はどれか。

  1. ペルシア戦争
  2. ペロポネソス戦争
  3. ポエニ戦争
  4. トロイア戦争

ペロポネソス戦争はアテネ主導のデロス同盟とスパルタ主導のペロポネソス同盟との間の戦争で、最終的にスパルタが勝利しギリシアのポリス社会は疲弊した。 (山川出版社『詳説世界史B』(ペロポネソス戦争))

11. アレクサンドロス大王の東方遠征の結果、ギリシア文化とオリエント文化が融合して成立し、共通語(コイネー)が広く用いられた文化を何と呼ぶか。

  1. ヘレネス文化
  2. ビザンツ文化
  3. ヘレニズム文化
  4. ローマ古典文化

アレクサンドロス大王の東方遠征以後、ギリシア文化とオリエント文化が融合したヘレニズム文化が広範囲に広まり、共通ギリシア語であるコイネーが国際語として用いられた。 (山川出版社『詳説世界史B』(ヘレニズム文化))

12. ローマ共和政初期に、貴族と平民の対立の中で法の内容を成文化し公開した、ローマ最古の成文法はどれか。

  1. リキニウス・セクスティウス法
  2. ホルテンシウス法
  3. 市民法大全
  4. 十二表法

十二表法は前451〜450年頃に制定されたローマ最古の成文法で、慣習法を文書化し広場に公示することで平民の権利を保護しようとした。 (山川出版社『詳説世界史B』(十二表法))

13. 第二次ポエニ戦争において、アルプス山脈を越えてイタリア半島に侵入しカンネーの戦いでローマ軍に大勝したものの、最終的にザマの戦いでスキピオ率いるローマ軍に敗れたカルタゴの将軍は誰か。

  1. ハンニバル
  2. ハミルカル
  3. スキピオ
  4. マリウス

カルタゴの将軍ハンニバルはカンネーの戦いでローマ軍に大勝したが、最終的に前202年のザマの戦いでスキピオ率いるローマ軍に敗れ、第二次ポエニ戦争はローマの勝利に終わった。 (山川出版社『詳説世界史B』(ポエニ戦争))

14. キリスト教をローマ帝国の国教と定めた皇帝が没した後、帝国が東西に分裂した年はいつか。

  1. 313年
  2. 395年
  3. 476年
  4. 800年

キリスト教を国教としたテオドシウス帝が395年に没すると、ローマ帝国は2子によって東西に分割統治されることとなった。 (山川出版社『世界史用語集』(ローマ帝国の東西分裂))

15. イングランド王ジョンが、王権の恣意的な課税や逮捕を制限することを貴族に強制されて承認した文書で、「法の支配」の起源の一つとされるものはどれか。

  1. 権利章典
  2. 権利請願
  3. マグナ=カルタ(大憲章)
  4. 人身保護法

1215年、イングランド王ジョンは貴族の要求に屈してマグナ=カルタ(大憲章)を承認し、王権を法によって制限する原則が示された。 (山川出版社『世界史用語集』(マグナ=カルタ))

16. 1628年に議会が国王チャールズ1世に提出し、法によらない課税や不当な逮捕・投獄に反対したもので、法律家エドワード=コークが起草に関わった文書はどれか。

  1. 権利章典
  2. マグナ=カルタ
  3. 人権宣言
  4. 権利請願

権利請願(1628年)は議会がチャールズ1世に提出したもので、議会の同意なき課税や不当逮捕への反対を訴え、法律家エドワード=コークが中心となって起草した。 (山川出版社『詳説世界史B』(権利請願))

17. イギリスでピューリタン(清教徒)革命の中心となり、国王チャールズ1世を処刑して共和政を樹立した後、みずから護国卿として独裁的な政治を行った人物は誰か。

  1. クロムウェル
  2. チャールズ2世
  3. ジェームズ2世
  4. ウィリアム3世

クロムウェルはピューリタン革命で議会派の指導者となり国王チャールズ1世を処刑して共和政を樹立したが、その後護国卿に就任して事実上の独裁政治を行った。 (山川出版社『詳説世界史B』(ピューリタン革命))

18. 1688年に議会がオランダからウィリアムとメアリを招いて国王ジェームズ2世を追放し、翌1689年に議会の権利を確認する法が制定された、流血をほとんど伴わなかったとされる革命を何と呼ぶか。

  1. ピューリタン革命
  2. 名誉革命
  3. 七月革命
  4. 二月革命

名誉革命(1688〜89年)により議会主権が確立し、権利章典が制定されて「王は君臨すれども統治せず」の立憲君主政の基礎が築かれた。 (山川出版社『詳説世界史B』(名誉革命))

19. 『統治二論(市民政府二論)』を著し、政府が人民の生命・自由・財産といった自然権を侵害した場合、人民には政府に抵抗する権利(革命権)があると説き、名誉革命を理論的に正当化したとされる思想家は誰か。

  1. ホッブズ
  2. モンテスキュー
  3. ロック
  4. ルソー

ロックは社会契約説の立場から、政府が人民の自然権(生命・自由・財産)を侵害した場合には人民に抵抗権があると説き、その理論は名誉革命を正当化するものとして受け止められた。 (山川出版社『詳説世界史B』(ロックの社会契約説))

20. トマス=ジェファソンらが起草し、イギリス本国からの独立と各人の自由・平等の権利を宣言した文書が採択された日付はいつか。

  1. 1789年7月14日
  2. 1789年8月26日
  3. 1787年9月17日
  4. 1776年7月4日

1776年7月4日、大陸会議はジェファソンらが起草したアメリカ独立宣言を採択し、13植民地のイギリスからの独立を宣言した。 (山川出版社『詳説世界史B』(アメリカ独立革命))

21. 本国議会に代表を送っていない植民地に本国が課税することの不当性を訴える中で、東インド会社による茶の独占販売に反発した植民地の人々が茶箱を海に投棄した1773年の事件を何と呼ぶか。

  1. ボストン茶会事件
  2. ボストン虐殺事件
  3. 印紙法事件
  4. タウンゼンド諸法事件

1773年、茶法による東インド会社の茶の独占販売に反発した植民地の人々が、ボストン港に停泊中の船から茶箱を海に投棄したボストン茶会事件が起こり、独立運動が急進化する契機となった。 (山川出版社『詳説世界史B』(ボストン茶会事件))

22. 1787年のフィラデルフィア憲法制定会議で採択されたアメリカ合衆国憲法の内容として、正しいものはどれか。

  1. 国王を元首とする立憲君主政を採用した
  2. 立法・行政・司法の三権分立を採用し、各州に大幅な自治権を認める連邦制を規定した
  3. 一院制の議会に全権力を集中させる仕組みを採用した
  4. 政教一致の原則を明記し、特定の宗派を国教として定めた

1787年制定のアメリカ合衆国憲法は、モンテスキューの理論に影響を受けた三権分立と、連邦政府と各州が権限を分有する連邦制を基本原則として採用した。 (山川出版社『詳説世界史B』(アメリカ合衆国憲法))

23. アメリカ独立戦争において、イギリス軍のコーンウォリスが降伏し、その後1783年のパリ条約でイギリスがアメリカの独立を承認する直接の契機となった戦いはどれか。

  1. レキシントンの戦い
  2. サラトガの戦い
  3. ヨークタウンの戦い
  4. バンカーヒルの戦い

1781年のヨークタウンの戦いでイギリス軍のコーンウォリスが降伏し、この敗北を機にイギリスは和平交渉に応じ、1783年のパリ条約でアメリカの独立を承認した。 (山川出版社『詳説世界史B』(アメリカ独立戦争))

24. 民衆が国王の専制の象徴とされた牢獄を襲撃した事件が起こり、フランス革命勃発の契機となった日付はいつか。

  1. 1789年8月26日
  2. 1792年9月21日
  3. 1793年1月21日
  4. 1789年7月14日

1789年7月14日、パリの民衆が専制の象徴とされたバスティーユ牢獄を襲撃し、これがフランス革命勃発の契機となった。 (山川出版社『詳説世界史B』(フランス革命))

25. 1789年8月26日にフランスの国民議会で採択され、自由・平等・国民主権・私有財産の不可侵などの原則を掲げた宣言はどれか。

  1. 人権宣言(人間および市民の権利の宣言)
  2. 権利章典
  3. アメリカ独立宣言
  4. ナントの王令

1789年8月26日、国民議会は人権宣言(人間および市民の権利の宣言)を採択し、自由・平等や国民主権、私有財産の不可侵などフランス革命の基本原則を明文化した。 (山川出版社『世界史用語集』(人権宣言))

26. 1789年、フランスの三部会において平民代表を中心とする議員たちが独自に国民議会の樹立を宣言し、憲法制定まで解散しないことを誓った出来事を何と呼ぶか。

  1. ヴェルサイユ行進
  2. 球戯場(テニスコート)の誓い
  3. ヴァレンヌ逃亡事件
  4. テルミドールのクーデタ

三部会で平民代表(第三身分)を中心に国民議会の樹立を宣言した議員たちは、会場を締め出された際に球戯場(テニスコート)に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓った(球戯場の誓い)。 (山川出版社『詳説世界史B』(球戯場の誓い))

27. フランス革命の急進化の過程で、公安委員会を中心に反対派を次々と処刑する恐怖政治を行ったが、後にテルミドールのクーデタで失脚し処刑された、ジャコバン派の指導者は誰か。

  1. ダントン
  2. マラー
  3. ロベスピエール
  4. ラファイエット

ジャコバン派の指導者ロベスピエールは公安委員会を通じて恐怖政治を推進したが、行き過ぎた弾圧への反発からテルミドールのクーデタ(1794年)で逮捕され処刑された。 (山川出版社『詳説世界史B』(ジャコバン独裁・恐怖政治))

28. フランス革命後の混乱を収拾して統領政府を樹立し、1804年に国民投票を経て皇帝に即位した人物は誰か。

  1. ルイ18世
  2. シャルル10世
  3. ルイ=フィリップ
  4. ナポレオン=ボナパルト

ナポレオン=ボナパルトはクーデタで統領政府の第一統領となり、1804年に国民投票を経て皇帝に即位し第一帝政を開始した。 (山川出版社『詳説世界史B』(ナポレオンの皇帝即位))

29. 中国を初めて統一し、初めて「皇帝」の称号を用いた人物は誰か。

  1. 劉邦
  2. 武帝
  3. 始皇帝(秦王政)
  4. 光武帝

前221年に秦王政が中国を統一し、初めて皇帝の称号を用いて始皇帝と称した。 (山川出版社『詳説世界史B』(秦の統一))

30. 秦の始皇帝が中央集権化のために全国に施行した、中央から官僚を派遣して地方を直接統治する制度は何か。

  1. 郡県制
  2. 郡国制
  3. 封建制
  4. 科挙制

始皇帝は封建制を廃し、全国を郡・県に分けて中央から官僚を派遣する郡県制を施行した。 (山川出版社『詳説世界史B』(秦漢帝国))

31. 前漢の武帝が財政再建のために、塩・鉄・酒の専売と並んで実施した、物資の輸送と価格を国家が統制する政策は何か。

  1. 一条鞭法
  2. 地丁銀制
  3. 両税法
  4. 均輸法・平準法

武帝は均輸法・平準法により物資の輸送や価格を国家が統制し、財政基盤を強化した。 (山川出版社『詳説世界史B』(前漢の武帝))

32. 前漢の景帝の諸侯王抑制策に反発し、前154年に呉・楚など七つの諸侯国が起こした反乱は何か。

  1. 黄巾の乱
  2. 呉楚七国の乱
  3. 八王の乱
  4. 安史の乱

景帝による諸侯王の勢力削減策に反発し、前154年に呉楚七国の乱が起こった。 (山川出版社『世界史用語集』(呉楚七国の乱))

33. 後漢末に張角が太平道を率いて指導し、王朝衰退の契機となった農民反乱は何か。

  1. 紅巾の乱
  2. 義和団事件
  3. 黄巾の乱
  4. 太平天国の乱

184年、張角の太平道を中心に黄巾の乱が起こり、後漢は急速に衰退へ向かった。 (山川出版社『詳説世界史B』(後漢の衰退))

34. 隋の文帝(楊堅)が創始し、その後の中国王朝で長く官僚登用制度として用いられた試験制度は何か。

  1. 科挙
  2. 九品中正
  3. 郷挙里選
  4. 屯田制

隋の文帝は九品中正に代わり、学科試験によって官吏を選抜する科挙を創始した。 (山川出版社『詳説世界史B』(隋の統一))

35. 唐代の律令体制を支えた土地制度・税制・兵制の組み合わせとして正しいものはどれか。

  1. 屯田制・両税法・募兵制
  2. 占田・課田制・戸調式
  3. 一条鞭法・地丁銀・八旗制
  4. 均田制・租庸調・府兵制

唐は均田制に基づく租庸調の税制と府兵制による兵役を組み合わせて律令体制を維持した。 (山川出版社『詳説世界史B』(唐の律令制))

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