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日本史 通史の重要事項

古代は律令国家の形成が中心。蘇我蝦夷・入鹿を中大兄皇子と中臣鎌足が打倒した乙巳の変(645年)が大化の改新の契機となった。710年、元明天皇のもと藤原京から平城京(奈良)へ遷都し、794年には桓武天皇が長岡京から平安京(京都)へ遷都した。894年、菅原道真の建議により遣唐使が停止され、国風文化が育つ素地となった。

中世は武家政権の時代。源頼朝は1192年に征夷大将軍に任じられ鎌倉幕府を確立した。1221年の承久の乱で後鳥羽上皇が北条義時追討の兵を挙げるも幕府方に敗北。元寇は文永の役(1274年)・弘安の役(1281年)の二度に及んだ。鎌倉幕府滅亡(1333年)の翌1334年、後醍醐天皇による建武の新政が始まり、1338年に足利尊氏が征夷大将軍となって室町幕府が成立。1467年からの応仁の乱(〜1477年)を機に戦国時代へと移った。

近世は統一と幕藩体制の時代。1543年にポルトガル人により種子島へ鉄砲(火縄銃)が伝来。1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康の東軍が石田三成らの西軍を破り、1603年に家康が征夷大将軍となって江戸幕府を開いた。江戸期には享保・寛政・天保などの改革が行われた。

幕末・近代では、1867年に第15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行い、明治維新へ。1889年(明治22年)2月11日に大日本帝国憲法が発布され(施行は1890年11月29日)、明治憲法体制が確立するとともに産業革命が進展した。外交では日清戦争の講和として1895年に下関条約、日露戦争の講和として1905年にポーツマス条約が調印された。大正期には政党政治や普通選挙を求める大正デモクラシーが展開し、昭和は戦争と戦後改革(民主化・農地改革・新憲法)が主題となる。

外交史・文化史はテーマ史として時代を横断して整理すると得点しやすい。年代の並べ替え問題への対策として、上記の基準年を軸に前後関係を押さえておきたい。

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例題 (35)

1. 蘇我蝦夷・蘇我入鹿を打倒した乙巳の変が起こったのは何年か。

  1. 630年
  2. 645年
  3. 663年
  4. 672年

乙巳の変は645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した政変で、大化の改新の契機となった。 (『日本書紀』/山川出版社『詳説日本史』)

2. 元明天皇のもとで藤原京から平城京(奈良)へ遷都されたのは何年か。

  1. 694年
  2. 710年
  3. 718年
  4. 724年

710年、元明天皇のもとで藤原京から平城京へ遷都され、律令国家の新たな都となった。 (『続日本紀』/山川出版社『詳説日本史』)

3. 桓武天皇が長岡京から平安京(京都)へ遷都したのは何年か。

  1. 784年
  2. 794年
  3. 804年
  4. 810年

桓武天皇は784年に長岡京へ遷都したのち、794年に平安京へ再度遷都した。 (『日本後紀』/山川出版社『詳説日本史』)

4. 菅原道真の建議により遣唐使が停止されたのは何年か。

  1. 838年
  2. 860年
  3. 894年
  4. 905年

894年、遣唐大使に任じられた菅原道真の建議により遣唐使の派遣が停止された。 (『日本紀略』/山川出版社『詳説日本史』)

5. 701年に完成し、律令国家の基本法典として律と令がそろって整備された法令はどれか。

  1. 近江令
  2. 飛鳥浄御原令
  3. 大宝律令
  4. 養老律令

701年、刑部親王・藤原不比等らにより大宝律令が完成し、律(刑罰法)と令(行政法)が体系的に整った本格的な法典となった。 (山川出版社『詳説日本史』)

6. 律令制における租・庸・調のうち、「租」の内容として正しいものはどれか。

  1. 成年男性に課された労役
  2. 布などの地方特産物の貢納
  3. 口分田の収穫から一定量の稲を納めるもの
  4. 兵役の義務

租は口分田の収穫から一定量の稲を納める税で、庸は労役の代納、調は地方特産物の貢納であった。 (山川出版社『詳説日本史』)

7. 743年の墾田永年私財法に先立ち、723年に施行され、開墾した田地の私有を期限付きで認めた法令はどれか。

  1. 班田収授法
  2. 三世一身法
  3. 租庸調法
  4. 大宝律令

723年の三世一身法は、新たに灌漑施設を作って開墾した場合は三代、既存の施設を利用した場合は本人一代に限り墾田の私有を認めた。 (山川出版社『詳説日本史』)

8. 律令制の中央官制において、祭祀を担当した神祇官と並び、一般政務を統括する最高機関として置かれたのはどれか。

  1. 太政官
  2. 弾正台
  3. 大宰府
  4. 式部省

律令制では二官八省制がとられ、神祇官が祭祀を、太政官が一般政務を統括する最高機関として機能した。 (山川出版社『詳説日本史』)

9. 663年、百済復興を支援するため出兵した日本軍が、唐・新羅の連合軍に大敗した戦いはどれか。

  1. 壬申の乱
  2. 刀伊の入寇
  3. 文永の役
  4. 白村江の戦い

663年の白村江の戦いで日本は唐・新羅連合軍に大敗し、以後九州沿岸の防衛体制強化など対外政策の転換を迫られた。 (山川出版社『詳説日本史』)

10. 672年に起こった壬申の乱で大友皇子方を破り、その後即位して律令国家体制の整備を進めた天皇は誰か。

  1. 天智天皇
  2. 天武天皇
  3. 持統天皇
  4. 聖武天皇

壬申の乱に勝利した大海人皇子は即位して天武天皇となり、飛鳥浄御原令の編纂など律令国家体制の整備を進めた。 (山川出版社『詳説日本史』)

11. 聖徳太子(厩戸王)が604年に定めたとされ、官僚・豪族に対する道徳的規範を示した法はどれか。

  1. 冠位十二階
  2. 大宝律令
  3. 御成敗式目
  4. 憲法十七条

604年に定められた憲法十七条は、和を重んじることなど官僚・豪族が守るべき道徳的規範を示したものである。 (山川出版社『詳説日本史』)

12. 律令制における班田収授法の説明として正しいものはどれか。

  1. 戸籍に基づき6歳以上の男女に口分田を班給する制度
  2. 武士に対して知行地を給付する制度
  3. 豪族に対して私有地を無条件に認める制度
  4. 寺社に対して荘園を寄進する制度

班田収授法は戸籍・計帳の作成を前提に、6歳以上の男女に口分田を班給し、死亡時には国に返還させる制度であった。 (山川出版社『詳説日本史』)

13. 律令官人の身分制度において、貴族の子や孫が父祖の位階に応じて一定の位階を自動的に与えられた制度を何というか。

  1. 考課の制
  2. 四等官制
  3. 郡司の世襲制
  4. 蔭位の制

蔭位の制は五位以上などの貴族の子孫が一定年齢に達すると父祖の位階に応じた位階を与えられる制度で、貴族身分の固定化を促した。 (山川出版社『詳説日本史』)

14. 律令制下の地方行政における国司と郡司の説明として正しいものはどれか。

  1. 国司は中央から派遣された貴族・官人が任じられた
  2. 郡司は中央から派遣された貴族が任じられた
  3. 国司は在地の豪族が世襲的に任じられた
  4. 郡司は6年任期で中央から派遣された

国司は中央貴族が任期制で地方に派遣されたのに対し、郡司には在地の伝統的豪族が任命され、地方支配の実務を担った。 (山川出版社『詳説日本史』)

15. 1867年、政権を朝廷に返上する大政奉還を行った江戸幕府第15代将軍は誰か。

  1. 徳川家茂
  2. 徳川慶喜
  3. 徳川斉昭
  4. 徳川家定

1867年、江戸幕府第15代将軍徳川慶喜は政権を朝廷に返上する大政奉還を行った。 (山川出版社『詳説日本史』)

16. 大日本帝国憲法が発布された年月日はどれか。

  1. 1889年2月11日
  2. 1890年11月29日
  3. 1885年12月22日
  4. 1868年3月14日

大日本帝国憲法は1889年(明治22年)2月11日に発布され、翌1890年11月29日に施行された。 (大日本帝国憲法/山川出版社『詳説日本史』)

17. 渋沢栄一の主導により設立され、1883年に操業を開始した日本初の本格的な民間洋式紡績会社はどれか。

  1. 富岡製糸場
  2. 大阪紡績会社
  3. 八幡製鉄所
  4. 日本郵船会社

1883年に操業を開始した大阪紡績会社は、渋沢栄一の主導のもと最新鋭の紡績機械と昼夜二交代制を導入し、日本の紡績業発展の先駆けとなった。 (山川出版社『詳説日本史』)

18. 日清戦争の講和条約である下関条約が調印されたのは何年か。

  1. 1885年
  2. 1894年
  3. 1895年
  4. 1905年

下関条約は1895年に調印され、清は日本に対して遼東半島・台湾などの割譲や賠償金の支払いを認めた。 (山川出版社『詳説日本史』)

19. 日露戦争の講和条約であるポーツマス条約が調印されたのは何年か。

  1. 1902年
  2. 1904年
  3. 1905年
  4. 1910年

ポーツマス条約は1905年、アメリカの仲介により調印され、日露戦争の講和が成立した。 (山川出版社『詳説日本史』)

20. 1885年に太政官制に代わって創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任した制度はどれか。

  1. 枢密院
  2. 元老院
  3. 帝国議会
  4. 内閣制度

1885年、太政官制が廃止されて内閣制度が創設され、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任した。 (山川出版社『詳説日本史』)

21. 大日本帝国憲法下の帝国議会の構成として正しいものはどれか。

  1. 衆議院と参議院からなる
  2. 枢密院と衆議院からなる
  3. 元老院と貴族院からなる
  4. 貴族院と衆議院からなる

大日本帝国憲法下の帝国議会は、皇族・華族・勅任議員などからなる貴族院と、公選議員からなる衆議院の二院制であった。 (大日本帝国憲法/山川出版社『詳説日本史』)

22. 1873年に始まった地租改正の内容として正しいものはどれか。

  1. 収穫高を基準に現物で納税させた
  2. 土地の売買を全面的に禁止した
  3. 地価を基準とし、地価の3%を地券所有者が現金で納税させた
  4. 自作農に限定して課税した

地租改正では収穫の豊凶に左右されない安定財源を確保するため、地価の3%を土地所有者(地券所持者)が現金で納めることとされた。 (山川出版社『詳説日本史』)

23. 日清戦争の賠償金などを利用して北九州に建設され、1901年に操業を開始した官営製鉄所はどれか。

  1. 富岡製糸場
  2. 長崎造船所
  3. 大阪紡績会社
  4. 八幡製鉄所

官営八幡製鉄所は日清戦争の賠償金を活用して建設され、1901年に操業を開始し、日本の重工業発展の基盤となった。 (山川出版社『詳説日本史』)

24. 政府が10年後の国会開設を約束し、自由民権運動が政党結成へと向かう契機となった1881年の出来事はどれか。

  1. 国会開設の詔
  2. 大日本帝国憲法発布
  3. 教育勅語発布
  4. 徴兵令公布

1881年の政変に伴い国会開設の詔が出され、10年後の国会開設が約束されたことで自由党・立憲改進党などの結成が進んだ。 (山川出版社『詳説日本史』)

25. 1890年に発布され、忠君愛国を基本理念として学校教育における道徳の基準とされたものはどれか。

  1. 学制
  2. 五箇条の誓文
  3. 大日本帝国憲法
  4. 教育勅語

1890年発布の教育勅語は忠君愛国を核とする国民道徳の基準とされ、学校教育に大きな影響を与えた。 (山川出版社『詳説日本史』)

26. 下関条約で日本が獲得した遼東半島を清に返還させるため、1895年にロシア・フランス・ドイツの3か国が日本に迫った出来事を何というか。

  1. 三国干渉
  2. 日英同盟
  3. ポーツマス会議
  4. 義和団事件

三国干渉により日本はロシア・フランス・ドイツの圧力を受けて遼東半島を清に返還し、対露感情の悪化を招いた。 (山川出版社『詳説日本史』)

27. 1894年に日英通商航海条約を締結し、領事裁判権(治外法権)の撤廃に成功した外相は誰か。

  1. 陸奥宗光
  2. 小村寿太郎
  3. 井上馨
  4. 大隈重信

陸奥宗光外相は1894年の日英通商航海条約締結により領事裁判権の撤廃に成功し、条約改正を大きく前進させた。 (山川出版社『詳説日本史』)

28. ロシアの東アジアにおける南下政策に対抗するため、1902年に日本が締結した同盟はどれか。

  1. 三国同盟
  2. 日独伊三国同盟
  3. 日英同盟
  4. 日ソ中立条約

1902年、ロシアの満州・朝鮮進出に対抗するため、日本はイギリスと日英同盟を締結した。 (山川出版社『詳説日本史』)

29. 1192年に征夷大将軍に任命され、名実ともに武家政権の首長としての地位を確立した人物は誰か。

  1. 北条政子
  2. 源頼朝
  3. 足利尊氏
  4. 後鳥羽上皇

源頼朝は1192年に征夷大将軍に任じられ、鎌倉幕府における武家政権の首長としての地位を確立した。 (『吾妻鏡』/山川出版社『詳説日本史』)

30. 1185年、源頼朝が朝廷から守護・地頭を全国に設置する権利を認められた出来事は、一般に何と呼ばれるか。

  1. 建武の新政
  2. 文治の勅許
  3. 承久の乱
  4. 観応の擾乱

1185年、源頼朝は後白河法皇から守護・地頭の設置権を認められ(文治の勅許)、鎌倉幕府による全国支配の基盤を築いた。 (山川出版社『詳説日本史』)

31. 鎌倉幕府において将軍を補佐しながら実質的な政治の実権を握った北条氏の職名は何か。

  1. 管領
  2. 執権
  3. 老中
  4. 関白

北条氏は将軍の補佐役である執権の地位を世襲し、鎌倉幕府の実権を握る執権政治を行った。 (山川出版社『詳説日本史』)

32. 1221年に後鳥羽上皇が北条義時追討の兵を挙げたものの幕府軍に敗れた承久の乱の結果、京都に新たに設置された機関はどれか。

  1. 鎮西探題
  2. 六波羅探題
  3. 問注所
  4. 引付衆

承久の乱後、幕府は京都に六波羅探題を設置し、朝廷の監視や西国の統轄にあたらせた。 (山川出版社『詳説日本史』)

33. 1232年に3代執権北条泰時が制定した、武家社会最初の体系的な法典は何か。

  1. 建武式目
  2. 御成敗式目(貞永式目)
  3. 公事方御定書
  4. 分国法

北条泰時は1232年に御成敗式目(貞永式目)を制定し、武家社会の慣習に基づく最初の体系的な法典とした。 (山川出版社『詳説日本史』)

34. 1274年の文永の役における元軍の戦い方の特徴として正しいものはどれか。

  1. 一騎打ちを中心とする従来の日本の戦法をそのまま踏襲した
  2. 集団戦法や「てつはう」と呼ばれる火器を用いて御家人を苦しめた
  3. 上陸せず海上からの威嚇のみにとどまった
  4. 高麗と結んで直接京都へ攻め上った

元・高麗の連合軍は集団戦法や「てつはう」などの火器を用いる戦術で、一騎打ちを中心とする御家人を苦しめた。 (山川出版社『詳説日本史』)

35. 元寇後、恩賞不足や貨幣経済の浸透により困窮した御家人を救済するため、鎌倉幕府が1297年に発布した法令は何か。

  1. 徳政令(永仁の徳政令)
  2. 楽市令
  3. 撰銭令
  4. 棄捐令

幕府は困窮した御家人の借金帳消しなどを目的として1297年に永仁の徳政令を発布したが、効果は一時的で経済混乱を招いた。 (山川出版社『詳説日本史』)

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